病気がちな幼少期
行く度に治してくれる医師に憧れた

Q. 医師という職業に興味を持ったきっかけを教えてください
幼少期に病気をしがちで、時には入院をしてしまったり、病院と関わる機会が多かったんです。 病院に行く度に治してくれる「医師」という職業に、憧れと興味を持ちました。 そんな中で、杏林大学を目指したのは、親近感があったから…何しろ僕は、ここの産婦人科で産まれたんですよね(笑) 産まれた場所で、自宅も近く。 建物が綺麗で明るいことにも惹かれ、自然に杏林を目指していました。 医学部時代は、軟式テニス部に入り、ひたすらテニスに打ち込んでいました。試験勉強の時間以外は、コートでラケットを振っていましたね。国試の直前までテニスをしていました。

専門分野が違う医師から
多様な知識の共有を受けられる

Q. 指導医と指導体制について教えてください
週一回、医局のカンファレンスがあります。 そこでは最新の医療の情報・知識を共有してもらったり、一週間で実際に診療した中で疑問に思ったことを質問して答えてもらったりします。 一緒にカルテを見てフィードバックしてもらうこともあります。 また「クルズス」といって、上級医の方がスライド形式で講義をしてくれます。例えば、最近は「救急における外傷の見方」等のテーマがありました。その他には、年一回は学会の発表があり、それに向けて四人の先生方に指導にあたってもらっています。

Q. 研修プログラムについて簡単に教えてください
初年度は一次・二次救急の場で、幅広く診療にあたります。
二年目は他の病院に一年間出向して、内科を経験します。
三年目は、自分は東京都地域枠で入ったので、へき地で外来診療にあたります。

Q. 研修中の楽しかったこととつらかったことはなんですか

救急総合診療科の最大の特徴なのですが、各課から色々な医師がローテーションで来ることです。 専門分野が違う先生たちの医学的な意見と知識の共有ができるのが勉強になります。 つらかったのは、シンプルに来られる患者さんが多いときは大変でしたね。

一つの判断の責任の重さ
可能性のある疾患を一つでも挙げていく

Q. 入職前と後のギャップは?
研修医と後期レジデントのギャップとしては、目の前の患者さんを入院させるか、帰宅していただくかという判断の重みを入職前よりもより強く感じるようになりました。 研修医のときは上の先生と一緒に患者さんにあたったり、研修医だからということで判断も上の先生が考えてくれることが多いんです。 ところが後期の研修になると、まず自分で考えて、自分の考えを上の先生に述べるという形になります。 そのため、責任の重さはかなり違ってきます。

Q. 仕事をする中で心がけていることはありますか?
救急の現場ということで、患者さんやご家族が不安を持っていることが多いです。 そういった方々への病状説明とか、方針の説明を、忙しい中でも丁寧に説明するように心がけています。

Q. 杏林ERで学んだことは?
救急という特性上、来る患者さんがどのような症状かわからないので、可能性のある疾患を多く挙げていきます。 その可能性を、検査をしていくことで一つ一つ潰していきます。 速やかな対応が必要な患者さんへの初期対応をきちんと学んでいます。

Q. 今後のキャリアの予定や将来の医師像について教えてください
へき地から戻った後は、総合診療医の専門医試験を受けます。 合格したら街医者的な、疾患持っている高齢の方の外来診療、訪問診療を中心にやっていきたいと考えています。 ゆくゆくは地域に密着した開業医になりたいと思っています。

Q. 最後に、救急科専攻医を目指す皆様へメッセージをお願いいたします
杏林の救急総合診療科は、外傷以外のほぼ全ての患者さんを幅広く診療にあたることができるので、幅広いの知識を身につけることができます。今後より重要となる訪問診療やプライマリケアの分野に興味がある方にも、適した環境だと思うのでぜひ研修に来ていただきたいです。